prêt-à-porter

私が関わった人間は全て私の作品である

「自己客観性」

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2012年04月02日03:37

自身を差別的だと思っていない人間が一番に差別的だ。自身を客観的に見る事が出来ない事は恥ずかしい事ではあるが、それでもそれが出来ない事もある。そこまでわかっていればそれは決して恥ずかしがる事ではない。自分で自分の電話の声の大きさがどれくらいのものなのか正確にはわからないものだからだ。私たちの自己客観なんてものは想像でしかない。結局は自己客観なんてものは主観の延長線上にしかない。その上で想像するという事はとても大切な事だ。想像力が及ばない絶望的なエリアというものは必ず存在する。私たちは常に完璧ではないからだ。わからない人間に対して怒る人間、注意する人間にはわからない人間のわからない気持ちや論理が全くもってわからない。それはあまりに差別的だ。人に教えるということを勘違いしてはならない。自分の物差しで計ったものを相手にそのまま伝えても何の解決にもならない。本当に教えたいのなら相手の立場に立たなくてはならない。要するに相手にならなくてはならないのだ。自分が相手そのものになるのである。自分がわかっていると思う人間はもれなく全員馬鹿だ。愛してるというのはお互い愛していて初めて愛している、だ。教えるというのもその人になれて初めて教えられる準備が整ったということになる。

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