prêt-à-porter

私が関わった人間は全て私の作品である

「自分の存在を認めさせるにはその時に黙る自分を殺し、また喋る相手を殺すことになる」

f:id:youtalkingtome:20140824170918j:plain
2014.8.15.03:19『山崎-yamasaki-』


相手を信じるということはいつでも自分から見える相手を、自分の想像する相手を疑うということだ。要するに、相手ではない、自分をだ。


究極的なことを言ってしまえば、自分の存在を認めて欲しいと願い叶える時、あなたは他人を傷つけなくてはならないのよ。あなたは自分で他者に自分の存在を認めさせなくてはならないのよ。
覚悟と責任を持って選択をするの。

自分を認めて欲しいという願望を叶える時、その時には他人なんかこの世界になくとも構わないという雄々しさが必要となるし、それはそういう種類の排他性を含む願望なのよ。


あなたが「美人だ」と他人に褒められた時あなたは「そんなことないです」と言うだろう。
でもそれはあくまで表層の表層の会話だ。

相手の「美人ですね」が(本当に美人ですね)や(私よりブスね)、(こう言っておけばいいか)、(美人と褒めたら嬉しいんでしょ)、(ブスのくせにイキがんなよ)、(ブスなこと早く気付いてね)のどんな意味なのかわかっていますか?

それがわかっていながら「そんなことないです」とあなたは答えている?(私の求めるところはここだ)

それとも面倒くさいから「そんなことないです」という社会通念上よしとされる「謙遜」というカードを出しているの?

私の思う会話ってそんなに生ぬるいものじゃないわ。


でもその生ぬるい会話が存在できる自分と他者との二つの関係性がある。一つは完全完璧に互いを信頼しあっている関係性と、もう一つは全く関係のないと思う赤の他人(あるいは初対面の人間)との関係性において、だ。

また、本当に褒めている時に「そんなことないです」という社会通念上よしとされる選択肢を選んだばっかりに本当のことなのに伝わっていないと相手が悲しんだり傷ついたりすることがある。相手がどの温度であなたに褒め言葉や反対に侮辱の言葉を言ってきているのか本当にあなた方はわかって答えている?

ただ常識や社会通念にそったことを言っておけばあなたは傷つかずに生きていけるわ。(その代わり知らず知らずに他者を傷つけているだろう)
要するに、あなたはその相手のことを本当に知りたいと思っていないのよ。本当にその人が欲しければその人を傷つける覚悟で会話をして。

繰り返しになるけど、自分の存在を認めて欲しい時、相手を傷つける覚悟で会話をすることになる。自分の存在を認めさせるにはその時に黙る自分を殺し、また喋る相手を殺すことになるからだ。相手を傷つけたくないのであれば相手が何に怒り何に悲しむかを知らなくてはならない。その時には必然的に相手を知る必要が出てくる。

ただただ最初から相手を知りたいだなんてのは変態だ。でもなぜ相手を知りたいと思うようになるかっていうと要するに自分の為なんだよ。自分が不利にならないで自分の存在を相手に認めさせる為なんだよ。自分の発言で相手がどのくらい傷付くか知る為なんだよ。無償の愛なんてものはほとんどない。でも私はエゴから始まる愛だって充分に愛だと信じている。

自分の下した判断を毎秒疑う。それでしか相手の真実になんて近付けないのよ。その努力を怠る者に人に関わる資格なんてないのよ。少なくとも私に関わる時はそうしてもらいたい。根底では信じて欲しい、同時に全てにおいてこの人が何の為にこれを言っているのか考えて疑って欲しい。信じてるから疑うのよ、相手も自分も。

それにね、やっぱり自分の考えがわからない人と話すことでしか本当の意味で自分の考えを知ることなんかできないのよ。そしてそうしてしか自分の考えを周りに伝える技術を得ることなんてできないのよ。

--~--~~--~-~~--~--~--~~--~-~~--~--~--~~--~-
何でもご依頼受けます。