prêt-à-porter

私が関わった人間は全て私の作品である

「一般常識の存在理由」

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たとえば、公衆トイレを使いトイレットペーパーがなくなったとしたら、次の人のために取り替えるのが、一般常識よね。
でも多くの「馬鹿」は、それを取り替えたことによって、次の人に怒られたとしたら、常識を盾に怒るだろう。
私にはそれがわからない。
接客業を真剣にやったことがないんだ。
 
なぜ、次の人が“トイレットペーパーを自分でセッティングしたい系の人”だと気付けなかったのだろうか、という考えに至らなかった己を蔑まないんだろうか。
 
一般常識やルールが、何のために存在するのかがわからない人、本質を見極めようとしない人とはコミュニケーションが取れない。
 
みんなが加害者や被害者にならないためにルールがある。
そこに細かい人間の機微を察するようなシステムは組み込まれていない。
最低最悪の事態が起きないようにルールはあるんだ。
 
赤信号を渡ってはならないのも、そのためだ。
本来なら、赤信号を渡って事故ったとしたら、法律など無視して、車に乗った加害者に土下座すべきだ。
 
自分の選択した言動は、全て自分で回収しなくてはならない。
人間として、自分の選択に覚悟と責任を持たなくてはならない。
 
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