中編小説『私と男性の煙草』2
男はよくわかったという顔をしている様に女からは見えた。
しかし実際の男はというと、頷いたりもしなかったし、首を横に傾けたりもしていなかった。
ただただ女の顔を、目を真正面から見つめていた。話を聞いているのかさえわからないほど直視していた。
女は続けた。
ありがとう、お話を聞いてくれて。お願いまで叶えてくれて。とっても嬉しかった。
私、あなたには噓をつきたくなかったし、私のことを知りたいと言ってくれたから勇気を振り絞ったの。押し付けがましいかしら。
本当にこんな話、したことなかったの。だから少し混乱もしている。ダラダラと話しちゃったけど。あなたが、ほら、この前岡倉天心の茶の本を私にプレゼントしてくれたじゃない。その時に思ったの。あなたになら話せるかもしれないって。だから我儘を聞いてもらったの。本当にありがとう。
男は何も言わなかった。
女は更に続けた。
こんなことは考えたくもないんだけど、変化は世の常でしょう。だから一つだけ私と約束をして欲しいの、一つだけ。十年後も側にいてとは言わない。だけど十年後の今日この時間にあなたとここで待ち合わせをしたいの。私たちがもしかして、本当に考えたくもない悪夢だけど、別れていたとしても、よ。勿論別れていなくてずっとお付き合いしていても、もしくはひょんなことで私たちが結婚していたとしても。今後この約束の話はしない。だけど十年後の今日ここでこの時間に待ち合わせをしましょう。いいかしら?
また話が急だったわよね。でも今それを約束して欲しいの。いい?
ここよ、このカフェで、よ。
男はやっと口を開き、
わかった
と女の顔ではなく目を見て言った。
女は大笑いを隠すかの様に微笑えみ黙った。
一年後
馬鹿みたい。女の人を買うなんてことしないで。馬鹿みるのは、あなたよ。
二年後
あなたが好きなのよ。
三年後
煙草が嫌いなの。不快なのよ。お願い、私を不快にさせないで。
四年後
電車の座席に等間隔で座る日本人って何だか馬鹿みたいよね。
五年後
ところで、あなた、死刑台のエレベーターは観たかしら。
六年後
私、帰るわね。まだまだ先もあるんだから。
七年後
勇気を持って。我儘を言って。
八年後
格好をつけないで。私わかっちゃうんだから。
九年後
お願いだから聞き返さないで。その瞬間にはその瞬間にしか存在しない言葉があるのよ。勿論そればかりではないけど。
十年後
よくわからないわ、あなたの言っていること。
@pourguoi 秋人間