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prêt-à-porter

私が関わった人間は全て私の作品である

「有色人種」

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朝の混雑。車道も歩道も自動車や人々で一杯だった。何故頭の禿げた親父共は満員電車に乗って遥々東京へと出掛けるのか。まるで戦時中だ。馬鹿だ。しかしこれもまた能力がないから仕様の無い事だ。能力があれば会社の前に家を建てればいい。能力があれば会社員にならなければいい。それだけの話だ。それでも満員電車を大変な事だ偉い事だとする日本の古いしきたりは戦時中と全く変わらず、馬鹿みたいなものだ。これが村上龍的スタンスだ。太宰はそれをいとも簡単にセンチメンタリズムの世界へ引き込む。それ程優しいし甘い。香りが甘い。東南アジアで嗅いだドラッグの匂いがした。
例えば満員電車で優先席の人間が降りたとする。それでも優先席だからといってその周りの人間は誰もその優先席に座らない。馬鹿だ。戦時中と日本人は何ら変わらない。真の右翼か真の左翼しか恐らくこの狂乱した日本の本質を見抜けはしまい。戦後も日本は変わらずまた単一民族だと言い張る。「ONE PIECE」という漫画を賞賛している殆どの日本人を見ればよくわかる。悪であるはずの海賊をヒーローにし日本人は勇気をもらい満員電車に耐えられるだけのエネルギイを補充する。馬鹿だ。これが京都議定書でやろうとした事なのか。ECOとは何か。リサイクル、輪廻。これが日本人の仏教観なのか。勘弁をしてくれ。人間の死体からする死臭の様な匂いがする。僕は代わりに刺繍入りのマフラアをして電車の中で優雅に座りコクトオ詩集を読む。日本人のあの特攻隊の魂は一生変わらない。その場にとどまっている事が好きな人種なのだ。四季などという変わりゆくものが目の前にあるせいで日本人は動かなくなった。僕が読んだ日本の魂であるはずの茶の本や武士道をその様に解釈されているとなると厄介だ。僕の解釈によると茶の本はもっと流動的な事を書いている筈だ。僕は日本人として少し恥ずかしくなる。周りと違う自分に恥じ、また同時に周りが馬鹿しかいない国に住む事を恥じる。では能力があるのなら変えればいい。あるいは自分だけでも気持ち良くなる準備をすればいい。結局僕がこの日本を離れないのは頭の禿げた能力のない親父共と同じなのだ。僕ら日本人は何においても開かれていない。それは四方が海に囲まれている風土的なものが関係しているのだろうと僕は思う。僕らは結局単なる奴隷なのだ。アメリカの戦争はいつも失敗だ。白人なんかより根が腐っている(サッパリしていない)人種をいつも相手にして根から変えようとするが結果何も変わらないのだ。ベトナムイラクも日本もまるで根が腐っている。それが我々有色人種の生き残る術だからなのかもしれない。そう考えると僕はいつだってアメリカみたいなやつだ。困ったな。


欲しがってはならない。欲することが世に晒されると何も手に入らない。あるいはもし本当に欲しいならそれを世に晒したとしても是が非でも手に入れなければならない。
欲しいけど言えない日本人ではダメだ。


例えば僕が所謂優しさを振りまいたのなら朝猫が死んでいる。僕らの優しさというのはその様にして成り立っている。僕がどれだけ太陽を拝みたくたって真夜中に相手をしてくれるのはいつも月だ。平塚らいてうは原始、女は太陽であったと書いた。何と皮肉な言葉だろうが、月と共に生きている女が太陽だと言うのだから。要するに僕ら男は月だ。と言うのか。それとも女だけが月であり、太陽であるのか。
僕が冬の寒さに負けてダウンジャケットを着る。朝アルパカがその可愛い瞳を閉じて死ぬ。僕らの保たれるべき体温はその様にして何だかの冷たさから生じている。僕らが闇雲に血を流し領土争いをしている折に女は何をしているのだろうか。何故ここまで男と女は決定的に違うのか。女が現在何の料理でも食うのは争いに勝った男たちの地域でその料理を食い住まなくてはならなかったからだ。また男がピアスやネックレスなどの揺れるものに反応してしまうのも狩人の血が騒ぐからだ。狩猟民族である事が思い出されるのだ。本当にダーウィンの進化論が正しいのか。人間と猿の間には男と女と同じくらい決定的に異なる。




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