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prêt-à-porter

私が関わった人間は全て私の作品である

「回想記」

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大学に入学してすぐ、体育のような授業で20メートルシャトルランをやらされたわけですが、完全にサッカー部という格好で挑んだら、意外と女子ウケがよくてビックリしました。フットサルシューズから短パン、上着のピステまで、格好いいと褒められました。もしかすると、うちの大学には、女子校あがりが多いから珍しかったのかもしれないけれど……。

まだまだ私も調子に乗っていて、シャトルランも125回やり、最終的にはラグビー部の人と二人きりになってしまい、アイコンタクトで「俺たちピエロだな」ということで、止めることに。
拍手喝采だったのを覚えている。
その後、その授業には出なくなり、ほとんど休んだ挙句、ジネディーヌ・ジダンについての論文を書いて、なんとか単位をもらったということがありました。
 
その頃は、性交していない奴とシャトルラン125回できない人は、大学に入学すべきでないと本気で思っていた。
高校の時に、馬のように走らされた記憶がないやつは信じたくない。
そう思っていた。
しかし、そんなことができなくても、十分に気合いの入ったやつを私は見てきた。
そういう人たちを見ると、本当に感動する。どうしてそんなに気合いが入っているのか大変気になったものだ。
 
ーーあの頃の記憶。
雨の日に市営バスに乗り、重い鞄を持ち、今日の宿題はどのくらいあったか、などを一人で悶々としながら端っこの座席に座っていた。バスの中に、誰かがテイクアウトしたマクドナルドのポテトの匂いが充満してきた頃、私はちゃんと生きているのだか、ほとんど死んでいるのだかわからなくなった。なんの希望もなかった。
 
私には高校の頃まで自我など存在しなく、ただただ時に身を任せていたと思う。サッカーと勉強。それもそれなりに。何かこう、主体的に取り組んだというものはなかった。
浪人した時に初めて、自分にとっては「自由」というものを感じた。主体的に生きていると思った。本当は何もわかっていなかったけれど。
 
浪人時の私のひそかな夢は、たしか、「何にも拘束されず、鞄を持たずに白いスニーカーを履き、カフェで煙草を吸うこと」だった。
 
そう考えると私は大学デビュー、いや浪人デビューをした者なのかもしれない。髪の毛も坊主から一気に超ロングヘアーへと変わった。でもやっぱり、その時に馬鹿みたいに高い服を着て、イキがったからこそ、見えたこともあった。
ちょうどその頃に、村上龍内田春菊美輪明宏寺山修司山田詠美やらの作品を読み始めた。
 
今まで私が生きた世界とはまったく違っていた。
 
私は中学校の頃の夢であった「通訳者」を目指さなくなった。芸術に触れて生きていこう、と思った。その時に私ができることは、文章を書くことだった。それで作家を目指すことにした。とにかく、そう思ってからはmixiで毎日毎日、拙い文章を書いた。
 
言ってしまえば、私はいつだってモテたかった。それは特に、ゼックスがしたいとか、異性の身体に触りたいだとか、そういう欲求を叶えるためではなかった。
ただ、私の容姿や考え方、私自身を認めてもらいたかった、支持されたかった。それだけだった。でも、モテたいと思っていない人なんて、私は絶対に信じない。
 
2016.1.29.
秋人間