何番がお好き? vol.62
- やっぱり私は一周していない人を信じられない。余裕があれば二、三周すべきだ。少なくとも一周はしていなくてはならない。選択肢が毎回一つしか浮かばないだなんて動物でしょう。種の保存の為だけにセックスしないのなら、何度も何度も死ぬほど考えて、それで自分の言動を自分が責任を持って決めなくちゃダメなのよ。
- もしかすると、私の言っていることがわかる人って物凄く少ないのかもしれない。私にもね、あなた方のように何も考えずに生きていた時期が長いことあったの。そうね、19歳くらいまで私は馬鹿だったの。その時に何が起きたって? 村上龍と内田春菊とソシュールに出逢ったのよ。それからはこの通り。
- もしかしたら男女で色の見え方が違うように、それぞれにこの世界の全てが違って見えるのかもしれない。だから私の言っていることがわかるだなんて人がいるのは、インチキなのよ。あるいはDoppelgängerなのよ。そんなの、ありえない。その勘違いを本気で信じさせてしまうのが恋でしょう。
- 全く同じものを同時に見たくない? それは長年連れ添ったから見えるものでも、教えて見られるようになるものでもない。個々人が積み上げてきたものの結果として表れるご褒美みたいなもので、その瞬間、互いが同じものを見ていることを確認しなくても、それが明らかなのよ。そういう場面にあなたも立ち会いたくない?
- みんなも私と同じように色んなものをよく見ていると思っていた。だから例えば、喫茶店で向かい合えば、大概の場合5分話したら、どこまでわかってくれるのか、互いが互いにわかるはずなの。表では普通に自己紹介をしているのに、裏ではあなたのことが好きです、と伝えているなんてこともしょっちゅうだ。
- そういう(私の言葉だけど)裏の会話が成り立たない人とは普通に表の会話の中で裏の会話もしなくてはならない。そもそも相手に裏の会話という概念がないのだから、表の会話の中で裏の会話ですが……という前置きをしなくては成り立たず、裏の会話なのだからと前置きをした時点で効力を失うのだけど。
- 差別主義者だと非難されてきたけど、ちゃんと分解して読み解いてくれれば、あなたの方が随分と差別的なことがわかると思うわ。私は目の前のどんな相手にも畏れを抱く。畏れという概念が、日本人には無くなってしまった。畏れとはね、「私が生きているだけで周りに迷惑をかけている」という考え方だ。
- 「お互い様」という言葉を日本人はよく使うが、最近は使い方が本来の使い方と大分かけ離れてしまっている気がする。こんな基本的なことを言わなくてはならないだなんて、義務教育とは何なのかと思えてしまうが、「お互い様」と言えるのは、迷惑をかけられた方と相場は決まっている。例外はほぼない。
- 私はね、インチキなものや偽物がダメだとは一切思わないの。そう判断する人って、要するに現在の一般常識やルール、法律を自分の基準にしますと宣言しているということよね。となるとだ、私とは違うルールで生きている。だから話し合うことはないのよ。だってあなたの基準からすると私はアウトだもの。
- 私は横にいる人が身体障害者だから舌打ちをしたんじゃないの。知能?に問題はないのに、私に対して(法律用語の)悪意があることがわかるから、舌打ちをするの。でもね、みんなはあの人は身体障害者に舌打ちする悪い奴だと判断する。全然構わないけど、私と絡まないでね。絶対に殺すからね。
- 私は横にいる人間が、たとえ身体障害者でなくとも悪意を感じたら舌打ちをします。私は差別をしません。ただ私の基準から漏れた人を殺すのみです。個別的自衛権です。私の自然権です。
- それまでに私は他人には三度注意喚起します。そして一度でも話したことがある人に関しては二度注意をします。それでも改善がない場合は故意、悪意だと判断します。そうなったら、最後。私は殺人マシーン。絶対にぶっ殺す。
- 私は心から奴隷になりたいのに、誰もが私をスレイブホルダーにさせる。
- 私はね、そのやり方がどれほどキツくても、それが真っ当なものなら、それを批判しない。真っ向から受け止める。馬鹿な私にはそれしかできない。
- 迷いのない、不屈の、自己満足・責任的な意志と毎瞬間監視され精査され続ける、そんなシステム。理論武装と肉体武装。光に晒され続けると闇になり、闇に包まれ続けると光になる、そういう物質。自己と他者が鏡の関係になり、産まれたばかりの赤ん坊が老婆を殺す様な生と死、食物連鎖の崩壊。その美。
- 私はね、みんなだってそうだけど、自分の感受性を信じるしか道がないのよ。だからってそれだけに頼らない。背景を知らずに映画を観ても本を読んでも意味がないの。徹底的に調べ上げて勉強した後に、自分の純粋な感受性を発揮できるように、すべて自分で整えなくてはならないのよ。それが人間なのよ。
- 私は極端なまでに相手本位なのよ。それが一周して自分本位に見えるのだろう。私からルール違反することは皆無だ。
- 騙すのは嫌だけど、私は私を騙しながら生きている。そうでなきゃ生きていけないから。もし仮に本気で「人間」をやっていいお達しがくるなり、環境が整うのなら、私は部屋から一歩も出ずにひたすら寝ながら-少々矛盾するかもしれないが-私は私であることを忘れ、「人間」を極めるわよ。そして死ぬの。
- 私ね、記憶力が尋常じゃないくらいにいいの。忘れている振りをすることだってよくあるくらいに。
- 自分のことは自分が一番わからない、わかっていないとかいう言説が存在するが、私はそんなもの一切信じない。私のことを私が一番知っていなくてはならない。少なくとも知ろうとしなくてはならない。そうでなきゃ他者にどれ程までに迷惑をかけることになるのか、それを想像するだけで血反吐が出る。
- 私という人間は本当にギリギリ生きていて、我ながらとんでもない比率で右脳と左脳を騙しながら、常に一歩を出していると思うわよ。普通に歩けているのは、本当は諦めでしかない。全てに諦めない場合、人間は部屋から一歩も出ずに干からびて死ぬだろう。そこまで考え込むのなら、人間だと私は思うわよ。
- こっちはな、10年以上「人間」やっているんですよ。
- 動物と人間なら、動物側にいる生き物が私にたてつこうとすること自体むちゃくちゃだ。それこそ野蛮だ。動物だから仕方がないと私は思えない。だってあなたは動物に対してかわいいという感情を持つのよね。もう矛盾するのよ。
- 私を縛れるのは唯、私。私はエゴイスティックでない。目の前の相手のルールをちゃんと理解しようとする。ただし、相手に規則性がないのは困る。こちらもルール無用と判断せざるを得ないからだ。他者と関わるなら少なくとも規則性を持っていなくてはならない。私は他者の趣味の問題をとやかく言わない。
- いわゆる一般的なルール、常識、道徳観等は私にとって線引きの論拠になり得ない。むしろそれを論証として話を進める人って人を馬鹿にしているわよね。そうすることによって相手だけでなく自分に対しても不要な“縛り”が発生することを知っているのだろうか。それなのにそういう輩は平気で自ら常識を破ったりする。
- 不思議なことよね。今生きているあなたは、まるで今生きている私みたい。全てがまるで違うはずなのに。
- 約束の時間に相手が来なかったことで怒る人ってわからない。なぜその時に、間に合うように会いに来てくれないくらいに自分に魅力がないんだと思えないんだろう。私にはわからない。そもそも口約束なんて願望でしかない。私は相手が約束の時間に来なくとも、バックれようとも相手に対してマイナス評価を下さない。
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@pourguoi 秋人間