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prêt-à-porter

私が関わった人間は全て私の作品である

何番がお好き? vol.23

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  1. 私の恋は必ずドッペルゲンガーでなくてはならない。その時には私は本気で死んでもいいと思えることだろう。

  2. 幼少期から音を立て食事をすることが下品であるという躾を受けてきたフランス人が蕎麦を食べる時には音を立てて食すところに私はイキを感じるのである。大事なことはマナーをマナーによって壊すことである。

  3. 私にとっては楽天ゴールデンイーグルスの優勝も錦織圭の決勝進出もW杯でのドイツの優勝も全てはどうでもいい出来事であった。それらは単なる勝ちに他ならなかった。でもブラジルW杯でのセレソンの敗退は私にとっては衝撃であった。それは私が勝ちよりも負けに価値を感じる程にスポーツマンだからだ。

  4. 本当に欲しいものってのは本当に欲しいと気付いた時にはもうなくなっている。だから僕はたった一度のミスも犯せないと思って生きてるんだ。

  5. 私はこれまで詩人というものを二人見た。私では明らかに敵わないと思えた。紡ぎ出すまでの行程を見せてもらったが、全てが苦で満ち溢れていた。しかし詩として表に現れた時にその美しさに度肝を抜いた。その行程を見ていなければ、さぞ楽に作られているものだと高を括っていただろう。恐ろしいことだ。

  6. 美人ってのはその造形だけのことを必ず言わない、また本物の美人というのは美醜という概念すらない。

  7. よく正当な批判なのに言われるの嫌だからって怒る人いると思うけど僕はそういう人の気持ちがわからない。言われた批判が事実の場合って認める他ないでしょう。それで怒る人ってそれが事実なのを認めた上で逆ギレするってことになるからね。そんな恥ずかしいことが何故日本人なのにできるのか不思議だ。

  8. 私が女と付き合いたいと思うのはこの女と一生セックスできなくても付き合いたいか?という問いにYesが出せた次の瞬間である。

  9. 全く同じ地点からスタートするの。でもそうしたらどれだけ離れても違くても怖くないの、それは私にとってのジャズであり、最高の楽しみである。

  10. 私が言ってること、比喩じゃないのよ。本当に欲しいものに出会ったらね、何を賭けてもそれを掴もうとしなくちゃならないの。あなたが本当に欲しいと思うものは例えあなたの命を賭けたとしても手に入らない可能性のあるものだからよ。わかるかしら?だから私は命を賭けるのよ。

  11. 本当に人を信じていたらね、そこに相手の落ち度なんて全く見えてこないのよ。そこには自分の落ち度しか見えてこないはずなの。だから私は常に私が間違っているのではないかと疑う。でも私は私の頭の中で勝手に想像してしまっている相手を疑うことで、相手を信じているということを体現してきたつもり。

  12. おこがましいのかもしれないが僕は君を救えるだろう。しかし君は僕を救えない。ただ僕を信じてくれるだけで僕は救われるのに。僕は一度決めたら人を簡単に信じ抜く。何故僕を疑うのだろうか。何故なら自分が弱いからだ。本当に疑うべきは自分の中で膨らんでいる想像の僕だ。要するに自分を疑うのよ。

  13. 寂しいというのは対象がいて初めて成り立つ感情である。対象の不在により起こる感情が寂しいというものである。それはまるで愛のコインの表と裏みたいだ。

  14. ルールが絶対なんじゃない、でもそのルールの本質を犯すことは絶対しない。

  15. 私はただただ同調して欲しいんじゃない、本当にあなたが思っていることを言ってもらって結果的にそれが私を否定ではなく批判するなり、あるいは共感してくれていると感じられるのならハッピーなだけなのである。

  16. 負けず嫌いとそれを抑えられないというのはまた違った話よ。

  17. 違うのよ、あなたの問題ではないのよ、例えばそのきっかけを作ったのがあなただとしても。でもあなたもあなたであなたの問題を解決させるべきで、私もそうなの。だけど私は後ろを振り返らない。私が後悔しないのは過去の私は言ってしまえば私ではないからだ。

  18. 第一条件として極度の潔癖性を挙げるだろう。然し其れは自分の過失があった場合にはどんな意見も意見として認められないと知った上で存在する圧倒的な潔癖性のことだ。言うなれば絶対的な潔癖性ではなくあくまで相対的な潔癖性である。然し其れは絶対的な潔癖性よりも遥かに絶対的な潔癖性なのである。

  19. 結局は村上春樹ノルウェイの森に答えが全て書いてあるということなのでしょうか。ねじまき鳥クロニクルが男性の小説だとしたら矢張りノルウェイの森は女性の小説なのでしょうか。

  20. 多分今のこの気持ち、死にたいってので間違いないと思う。私が誰かを救えたとしても誰も私を救えないという絶望感。相手に救われたと言われることはあっても私が救われたと思うことはない。 誰も私を救えない。でも私は救われたい。

  21. 理性を理性で取っ払うのよ。

  22. 相手を信じるということはいつでも自分から見える相手を、自分の想像する相手を疑うということだ。

  23. 少なくとも実体を伴うものに現を抜かすべきだ。

  24. 私は粘着質な上に保守的で我儘且つ超個人主義者である。

  25. 私はどんな人間をも軽蔑している。その中でも一番軽蔑しているのが私自身だ。

  26. 自尊心とプライドって正反対とまでは言わないけど意味が違うものでしょう。

  27. せめてこの目で本当に美しいものを見て死にたい。せめてこの目で本当に美しいものをつくって死にたい。

  28. 自分に近づく人間の年齢が高ければ高い程私という人間の完成度が高くなっていることを感じられる。また自分に近づく人間の年齢が高ければ高い程私という人間のアヴァンギャルドさがなくなっていることを感じられる。しかし本質は何一つ変わらない。

  29. 救いというのは何か実際的にこう与えられたり慰められたり施されたりするものではない。それは全くの別次元へ連れて行ってもらえるものだ。今の悩みや苦しさや悲しみや怒りのある次元にはもう戻れない所へ連れて行かれることだ。

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