prêt-à-porter

私が関わった人間は全て私の作品である

中編小説『私と男性の煙草』1

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ねぇ、知ってる?

「煙草」のピークってどこにあるか、わかる?


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私、煙草が嫌いなの。別に匂いが嫌だとか吸っている姿が何だか古くさくてグッとこないだとかそういうことではないの。どちらかと言えば、私はクラシックなものが好きだから。
どう言ったらいいのかな、んー、モチーフとしての煙草がもうダメなの。こんなことを人に話すのは初めてだけど、私には父がいないの。幼い頃から父がいなかった。

女は幼い子供を見る様に微笑んだ。

病気で死んだ訳じゃないのよ。
だからそんな顔しないで。

在り来たりな話よ。私が幼い頃、母は父と別れた。養育費は今でも送ってもらっているみたいなんだけど、私は父に会ったこともない。母は父の話をよくしてくれるけど、いつも同じ話。母が言うには、本当にとってもいい父親だったらしい。でも、それは煙草を吸う前の父。
私が生まれるまで父は煙草を吸わなかったらしいの、その前は吸っていたみたいだけど、父は母と出会う前に煙草を止めていたらしいの。
だから私が母のお腹にいる間も父は勿論、吸わなかった。でも私が生まれたその日から父はまた煙草を吸い始めたらしいの。
仕事で煮詰まっていたのか、私の生まれる間、女にはわからないストレスが溜まったのかわからないんだけど。もうその時には父は母に異性としての魅力を感じなくなっていたらしいの。母も私がお腹にいる間、悪阻も酷かったし精神的にも色々まいっていたから、父の相手を満足に出来なかった。

母は私が生まれたら、少しは楽になると思っていたらしいの。それまでは我慢しなくちゃ、と母なりに気張っていたんだって。
考えてもみて。自分以外の別の生き物がお腹にいるのよ、変にならない方がおかしいわ。人間って変化に弱い生き物だから。それでなくても母にとっては初めての妊娠だったし。
父は子供みたいに、子供に母を取られたと思っているのだ、と母は私に言ってくる。
私が生まれて父が煙草を吸うようになると、やっぱり態度もコロッと変わってしまったらしいの。勿論、煙草のせいだけだとは私は思わないわよ。
でも父が煙草を吸わなかったら、私にはちゃんと父がいたのだとも思えるわ。
母は本当に煙草に連想されるものを見たり考えたりするだけで、少しおかしくなっちゃうの。そんな母親にずっと育てられた私もどれだけ偏見がないと言っても、無理だわ。もうマインドコントロールみたいに煙草が嫌なものだと感じちゃうのよ。
私、灰皿もライターもジッポもマッチもハンフリー・ボガードだって、見たら嫌気がさしちゃうの。ボガードなんて煙草とセットみたいな俳優さんでしょう。母なんかはもう「煙」という字を見るだけで泡吹いちゃうのよ。私はそこまでは酷くないんだけどね。

私のことを好きと言ってくれる、あなたは私にとって本当に大切。私もあなたが心から好き。でもね、どうにも我慢できないとか嫌なものってどんな人間にもあるでしょう。

だからお願いなの、お願いね。今すぐにその煙草の火を消して、灰皿とライターを私の見えないところにしまってくれないかしら。

男はゆっくりと煙草の火を消し、灰皿を店員にさげてもらい、ライターを鞄の中にしまった。

ありがとう、片付けてくれて。

私ね、だからあんまり男性を信じていないのよ、多分。
でも違うのよ、あなたのことを信じていないという訳じゃないの。本当よ。あなたが好きって言ってくれたのも信じてる。こうやってあなたは私の目の前にいて私と珈琲を飲んでくれているのだから。
でもね、男性は変わってしまう。そうやって母に教え込まれたの。だから変わってしまう人の心、その象徴である「煙草」は私にとって、とんでもないくらいの、悪なの。

でもね、本当は私は信じたいのよ。だからこうやってあなたを求めて、あなたと出会った。
私はニンフォマニアじゃない。本当に変わらない想いや愛があることを知りたいのよ、男と女の関係でね。
それをね、私は男と女で証明したいの。


脅しとかでもないのよ。
変わってしまうのは世の常。日本には四季がある、私もこの日本で生きている。だからそんなことも肌身で感じている。
でも私、噓でつくられた普遍的に見えるものなんかには一切興味がないのよ。
だって偽物でしょ、私は本物の永遠が欲しいの。口にしたら安っぽい言葉だけど、ね。強いて言うのなら、“完全な不完全”が欲しいの。

変なことを言うようだけど、だからあなたも私のこと嫌いになったら、すぐに私に嫌いと言って欲しいの。私もちゃんと言うから。
私はね、変わらないものが欲しいの。変わってしまうものなら、今すぐにでも手放したいの。我儘かしら。でも嫌われるのには、私にも原因があるんだと思うし。それよりも噓の方がよっぽど怖いの。

私は今のあなたが好きなの。
だって今こそが永遠でしょう。
でもだからといって、私は変化を絶対悪だとも考えていないのよ。それは仕方のないことだと思う。
生き物って壊してつくっての繰り返しだもの。何でもそうよね、国の成り立ちだって筋肉だって、考え方だって、ね。
私がね、ずっとあなたの側にいたら、そんな些細な変化なんとも思わないと思うの。
ほら、地球上にあるものって本当は定規で書く様な直線みたいなものって存在しないって言うでしょう。でも道路に書かれている白線でも何でも私たちは文字通り真っ直ぐな、一つの歪みのない直線だと思って、思い込んで生きているのよ。それと似ている。
だからそんなものは平気なの。そんなことで私の永遠は壊されない、例え勘違いだろうがね。毎朝、あなたのネクタイの色や柄が変わっても全然平気。あなたが珈琲を飲んだ次の日にアッサムティーを飲んでいたって平気。そんなもの私全然なんとも思わないの。
もしかしたらあなたがこれから少しずつ禿げていって、十年後にはツルッパゲになっているかもしれないじゃない。明日の朝起きていきなりそんなことになったら困るかもしれないけど、徐々になら平気なの。失礼なこと言っているわよね。
私の話ってよくわからないかしら?


(続く)

2013.10.04.
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