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prêt-à-porter

私が関わった人間は全て私の作品である

映画「グロリア」

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皆様、『レオン』ではなく『グロリア』をご覧ください。



監督ジョン・カサヴェテスの考察


僕は女性に向かって、こう言いたかったんだ。女性が必ず子供を好きになる必要はない - でも女性の心の奥には子供と結びつく何かがあって、それがいい意味で女性と男性を区別してるんだって。


彼女は人生のすべてを捨ててしまうけど、その行動にリアリティがあるようにしなくちゃいけない。そこが映画のポイントだ。それがうまくいけば映画もうまくいくだろう。映画があるのは、ひとえにジーナの優れた演技力のおかげだ。他の人間では線が細すぎて無理だろう。


彼らは一緒に逃げることになっても、うわべだけで相手を思いやったりはしない。その方が当世風だからね。だから最後に彼らが相手に思いやりを持つのは、彼らの個人的な信頼と尊敬からなんだ。それは感動的な光景だ。


少年は共感できるようにも、できないようにもしなかった。ただの少年なんだ……。彼は僕に似てると思う。いつも衝撃を受けながら、理解できない周りの状況に反応しようとしてるんだ。


コロンビアは僕に監督しろって言ってたけど、乗り気じゃなかった。商業的過ぎると思ったんだ。僕はあまりヒットしないような映画を作るのが好きなんだ。映画とはいえ、一家全員を皆殺しにするようなことは嫌だった。


これは自らの意志と関係なく、何の関わりもない少年のために闘うことになる女の物語だ……。ジーナが演じる人物は、単純で人生を愛する女だ。彼女はニューヨークに住むプエルトリコ人の少年のためにそれを捨てる羽目になる。


人物が「OK、着いたわよ。今、57番街にいるわ。今度は58番街にきたわよ」なんて言うだけなのは嫌だった。それは、とても大事なことだった。単に映画を作るんじゃなくて、人間の営みにもっと敬意を払うべきだって思ってたからね。


ジーナは奇跡だ。そして純粋だ。自分の信じるものを信じるんだ。彼女には何でもできる。もっとも彼女は簡単にはやろうとしなかったけどね。脚本が完成して、契約が成立した後でも、こう言ってた。「誰か他の人の方がいいと思うわ」。まったく頭にきたね。


ジョン・カサヴェテス


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@   秋人間