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prêt-à-porter

私が関わった人間は全て私の作品である

『朝鮮学校の教育』 vol.4

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私の通った小学校はとても特殊だった。
私はあそこを、現代のアウシュビッツ収容所と呼ぶことができる。子供にとっては、とても残酷な教育をする所であった。
私は今でもそこで学ばされた何個かを否定したり批判したり払拭したりすることができないでいる。

例えば竹島(=独島)。
朝鮮・韓国語では独島をトクト(トット)と読む。

私たちは幼い頃から『トクトは私たちの領土』というコピーを散々教え込まれた。歌まであるくらいだ。
私は最近までそれを疑えずにいた。

教育とは恐ろしい。
そして幼少期の人間の吸収力は凄まじい。

私たちの学校では、独島が私たちの領土だということは教えてくれても、どんな根拠で私たちの領土なのかは一切教えてくれなかった。
その時にサンフランシスコ平和条約のサの字すら出てこない。
大人が子供に叱る時に使う、例の◯◯は◯◯なの、というものと同じだ。

何故?
WHY?
pourquoi?

という子供にとって、一番大切な部分を根こそぎ壊されてしまう、その文句こそ悪である。

はっきりしておこう。
私は、日本の味方でも韓国の味方でも北朝鮮の味方でもない。

アインシュタインの言った世界市民であるだけだ。

要するに、人間だということだ。

ただ最近の日本のニュースではNHKでさえも、朝鮮民主主義人民共和国という国名を使わなくなった。日本国民にとっては、どうでもいいことなんだろうとは思うけれど。
名前がない、ちゃんとした名前で呼ばれないということは、それそのものがないということと同義だ。
それはある種、とても悲しいことである。

私たちは学校で、日本がした最も酷いこととして改氏改名(=創氏改名)を教えられた。
名前を日本式に変えられる。
それはアイデンティティを失くしてしまうことでもある、と習った。

そうして、学校側は日本が、韓国を日本にしようとした、韓国人を日本人にしようとした、日本軍が朝鮮半島を占領・支配した、と教えた。

私は戦争反対論者ではあるが、時代背景や環境によっては戦争をしてしまったことが一概に悪であるとは言えないと考えている。

善と悪は常に表裏一体である。

最近では、韓国の教科書をつくるある機関で、日本が占領してくれたおかげで、交通機関などのインフラが発達したという内容を盛り込んだ教科書がつくられたそうである。

私はそれも一つ間違いではないと思う。


私たちは学校で日本がどれほど朝鮮・韓国人に酷いことをしたかを教え込まれた。
同時に金日成がどれだけ偉大で、幼い頃から頭がよく機転のきく人間であったかを習わされた。そういう授業が週に一回はあったと記憶している。その授業をする際には、経典のようなものを渡される。タイトルは『明るい太陽』。
要するに、金日成の武勇・英雄伝である。私たちはそれを読まされ、どれだけ金日成が偉大であるかを小学校四年生から叩き込まれた。
その時には、全員が全員赤いスカーフを巻いてその経典なるものを読んだ。

私たちは学校で、本当の自由を奪われていた。

そういう自由を、本当の名を、本来あるべき姿を抑圧されてきた民族が、その恨み故、まだ戦争も、歴史も、日本人をもよく知らない日本で生まれて育った幼少期の私たちに忘れない様にと色んなものを叩き込んだ。
それは一種のマインドコントロールであった。
ほとんど宗教と言っても過言ではない。

上にも書いたが、今でもそのうちの何個かがまだ自分の中に残っている。
消しても消しても消えない、そんなものになっている。それが教育だ。

結局、それは(朝鮮学校の教師曰く)私たちの先祖が日本軍にされたとされることを、そのまま幼い私たちに押し付けた様なものだと思う。そんなこともわからない教師たちがいる学校が一条校として認められるはずがない。

私たちの本当のアイデンティティは、そんな教育によって捻じ曲げられてしまったのだ。

あるいは、今もなお捻じ曲げられているのだ。



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