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prêt-à-porter

私が関わった人間は全て私の作品である

「斜陽」太宰治

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恐ろしい。恐ろしい。 
斜陽ですか、一日の始まりと終わり、四季それぞれの始まりと終わり、一生の始まりと終わり。それらを一周させ、挙句、希望へ向かわせる作品だ。反面教師的であって同時に浸ってもしまう魔力を持つ作品。
陽について、四季の音、色、匂いについてよく書かれていた。それも日本に四季があるが故に日本人が死にゆくのであるかの如く主張されている様に感ぜられる。
狂気と固定観念的不道徳、希望と似非快楽とが混ざり合い、お互い手を掴まずすれ違う様な形で凄みとそれらの自尊心が浮き出、受け手の心に中毒的に染み渡る。 
貴族に対するアンチテーゼはいずれ奴隷や労働者に向かい、相変わらず人間は同じだという帰結に向かう。人間の人間に対する叶わぬ夢を(復讐と言っては少々お下劣だがここでは敢えて言おう)「復讐」という形で肯定した。読後、寒気と恐ろしさが私の中からは消えゆかない。その恐ろしさはエリックサティの音の様な静かな狂気なのだ。単音の中に込められた一つ一つの魂がアナーキスト的に四方八方に動き回り、お上や貴族ですらそれを制御出来ない日本人の狂気、根っからの性質、乙を示した。
私が感じ取ったここでの「自由」は私に小説を書かせ、今後死なないで生き延びなくてはならない気にさせる。私はこの太宰のエネルギイをしっかりと受け止めた。魂レベルでのコミュニカシオンが取れた。太宰の虚しさや悲しさ、寂しさ、その様な他人に押し付けては面倒になる感情から起こっている筈なのに、作品と見事にそれらが調和され、しまいには消し去られ(相殺し)、残されたものがそれとは正反対の死から遠ざかろうとするタナトス的勇気、そしてプライドを持って生きることをメッセージとして伝える。 

太宰が女々しく女性らしい感情の持ち主だと若干の揶揄も込めて以前表していたが、私は気付いた。太宰は根っからの男であり、縛りに対する自由を太宰なりにではあるが(私にはこれこそがと思う)力強く描く。ヒーロイズムでもある。太宰はアナーキストであると同時にシステムや血や国家に縛られて生きる強者である。太宰が死んだのは恐らく自殺なんかではなく、念を押す、恐らくだが寿命だ。太宰は女の所謂男らしい生き方を見せながら、貴族のその美しさ故、やり場のない、血は争えない、宿命的でもあるその性質に挑む。それは死んでもなお続く戦。 

太宰に比べると村上春樹の作品はPOPでしかなく、とても表面的に感じられる。太宰の作品には骨の髄に残る中毒性がある。太宰のある種個人の尊厳を保とうとする考えは世の人間を救いもし殺しもするだろう。 


村上春樹は女で村上龍を男だというような意見は浅はかである。
どう見ても春樹が男で龍が女である。

太宰治は女で三島由紀夫を男だというような意見は浅はかである。
どう見ても太宰が男で三島が女である。



2012年02月20日21:54
太宰治「斜陽」を読んで

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