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prêt-à-porter

私が関わった人間は全て私の作品である

「日本人の宗教観」

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2013.09.15.

日本人には宗教というものはあまり馴染み深くないと思う。


キリスト教でもプロテスタントカトリックとでは考え方も教会も全然違う。

プロテスタントを批判するわけではないけれど、私は矢張り教会ってのは厳かで差別的で圧倒的な存在感を有していて突然だと考えている。

何故ならその頂点?に存在するとされる神の存在もまた軽んじられてしまいそうだからだ。

どこまでプロテスタントがカジュアルにキリスト教を布教しても私は靡かない。
明らかにこの日本では差別的に見える宗教なのだから、それをいくらPOPにしたとしても越えられない壁の様なものは確実に存在していて、しかもそれをカジュアルにしようってんだから、そんな試みは浅はかで滑稽に見える。

それならいっそカトリックの様に部外者立入禁止の様な重苦しい雰囲気を私は好む。

私はかつて四ツ谷にあるカトリックの大学に通った。
隣にはイグナチオ教会があった。
私はそこで何回か懺悔をしたことがある。

何遍も言うが神というものが存在しているとしたら、それはあくまで個人においてのみである。みんなの神なんてものを崇める気にはならない。ただの慰め合いだ。

私の神とあなたの神
それが違うから
私はあなたとお話をする事ができる

結局は聖書に書かれている様に彼らは布教し続けなくてはならないのだ。
法的に許されている、歴史のあるネズミ講であると私は言いたい。

洗礼を受け、そこにいる連中らを兄弟姉妹と呼ぶ。

私には理解できない。

血の繋がりを全肯定しない私だが、クリスチャンの言う兄弟姉妹は似非が過ぎる。

同じ神を信じるものは兄弟。

そんなはずがない。


かつて東ドイツと西ドイツにドイツが別れていた時(仮に東と西で違う神を信仰しているとして)その時にも恐らく東ドイツのある人間Aと西ドイツのある人間Bの神が同じ神であったことは充分に考えられる。そして同じ東ドイツに住む隣人とAが全く違う神を信仰していた可能性もある。名だけは同じ神だとしても。



女と男の視覚から入る情報は、(色において)細かく言えば、異なる。

女の方が男より明るく見えるか、暗く見えるかは忘れたが、異なる。
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これと同じ様なものだ。


宗教は、みんなで同じものを信じ、共有し、そしてその後にはその外に大きな壁をつくっていく。

何故それこそが一番に差別的で悪であるとは考えられないのであろうか。

これは日本において言及している。

外国では、あなたは人種も宗教も違うが、いい奴だ、とかいう判断をする人間が多い気がする。

しかし日本には矢張りその文化は根付いてはいない。
したがって、あなたはクリスチャンではないのね。ということで一線を画したりする。
単純に差別と呼べるだろう。


村上龍コインロッカー・ベイビーズの初めの何頁目かで、キクがお父様は何故外国人なの?と聞くシーンがある。
とても印象的だ。


この移り行く四季を感じながら生きている日本人にとって宗教を信仰する心は戦時中に天皇を崇める心と何ら変わらない。

日本人にとって宗教とは戦争加担である。


小さな子供が笑いながら歩いている。

宗教も戦争もいらない。

一人一人がただ食べ飲み、笑いながら歩く。

それこそが人間に最も必要な最低限の平和である。



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