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prêt-à-porter

私が関わった人間は全て私の作品である

「ルール工業地帯」

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私はその人間に知識(勉強すれば身につくもの)がないことを責めない。

知識には偏りがある。
君が知っている事を彼は知らない、彼女が知っている事を君は知らないなんてことは容易に起こり得る。
私が人を責めるとしたら、幼稚園生でもわかる順番や立場を知らなかったで自分の行動を疑いもしないで済まそうとする行為を責めるだろう。


その人間にある分野においての知識がないことを、それが例えどんなに義務教育内で習う基本的なものであっても、私はそれを責めない。

それを責めるのは差別行為だ。

知識においてはどんな人間も知らないことと知っていることがあるからだ。

だから私は⚪︎⚪︎も知らないの?とは死んでも言わない。


私が人を責めるのは、何の疑いもなくその行為を選択したくせに、その後でそれについて何の責任をも取らない為だ。

人間ではない、その行為を批判する。

しかし私はそれでその人間を嫌いにはならない。

構造を理解して次に活かしてくれさえすれば何とも思わない。

でもわかろうとしないのなら切り捨てよう。


横断歩道を赤で渡るのが悪いことだと私たち(幼稚園生でも)は常識として知っている。


では何故渡ってはいけないのか。

何故ルールが存在するのか。


何故ならルールを守ることによって、みんなが危険に晒されたり、気持ち悪い思いをしない為だ。

ルールが在るということは私たちはみんな馬鹿だということだ。


ルールを守るというのは自分が馬鹿だという証明である。

且つ自身を傷付けない為だ。


私が批判をするのは、常識として赤信号で横断歩道を渡ってはならないと知る人間が赤信号で渡り車に轢かれた後、車側を責めることだ。

それは責任を放棄している。

責任を放棄した人間に赤で渡るという権利を手にしていい訳がない。


ルールを破る選択をしたことに自覚がないことが、沢山の選択肢から一つを選択したはずの人間に覚悟がない、そのことに私は怒りを覚えるのである。

権利を手にする代わりに責任を負え。

そうでないのなら馬鹿なのだから、頼むからルールだけを重んじてその枠から出ないで周りに迷惑をかけずに生きてくれ。


自分が馬鹿だからルールがこの世に在るという概念がないのだろう。

それを破るのはあなたの自由だ。

でもルールを破るには覚悟が必要。

その責任を一手に引き受けることができる覚悟のあるものだけが権利を手にする世の中であって欲しい。

それができないのならただ黙ってルールを守ればいい。


例え自分が馬鹿だからルールが在るという概念がない人間でもルールをきちっと守ってくれさえすればいい。

ルールの存在理由だ。

それさえ守れば周りが迷惑しない。

それができる奴は上で言う馬鹿な奴より頭がいい。

自分が馬鹿な人は自分が馬鹿だと思わないからそのことにも気付けない。


何かを選択するには責任が伴う。

一人で生きているのならいいがそうでないのなら思考停止はいけない。

リスクを負わないと何も得られない世界ではある。

リスクを背負うはずの行為をしといて「私知りませんでした」はまだいい、悪意(法律用語)だからだ。

でもその概念すらないのは無しにして欲しい。




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